(ピアノ誌ムジカ・ノーヴァ 2001年10月号に掲載)

 

0歳児の入門者

 「子どものレッスンを始めたいのですが・・・・・」 と、1歳くらいの赤ちゃんを抱っこしたお母様、「お姉ちゃまか、お兄ちゃまの?」 「いえ、この子です」 「・・・・・。失礼ですが、おむつは?」 「まだ、とれてません」
 近年、零歳児教育の普及とともに、音楽教育においてもその傾向が盛んになってきている。3歳児のリトミックは早くから実施しているが1歳児となると対応にとまどったものである。対象が赤ちゃんであればカリキュラム通りに進められるとは思えず、歌ったり弾いたりもすぐには期待できない。
 しかし、赤ちゃんは胎内でお母さんの心臓音という規則正しいリズムに慣れているはず、そして子守歌に誘われて眠りにはいっている。現に1歳の孫は《ごんべさんの赤ちゃん》の歌が大好きで、むずかっていてもこれを聞くと泣き止み、リズムを変えたり休符を入れて歌うと変化が面白いのか、大喜びする。思うに、赤ちゃんは視野や行動範囲が狭い分、全身を耳にして情報を吸収しているようである。
 ならば、早い時期に『聴く』ことを中心にそれに対する感応を培うのは大切なこと、との信念で始めた『1・2歳児リトミック』。今、彼女(彼)たちは、音楽に合わせて身体に揺らし、手をたたき、発表会では「グーでひこう」を演奏?し、ハキハキとインタビューに答えている。
 ただ、ここで留意したいことがある。ほかの年齢層以上に、生徒のコミュニケーションをはかり信頼関係を深めた上で指導にとりかかるべきであり、また、この時期からすでに感受性や時間の流れ方に個性が表れているため、画一的な指導よりも、一対一の「個性に合わせたオーダーメイド・カリキュラム」の方が効果的であるように思われる。
 この点では次の幼児の階段においても言えることであろう。  さて、では『聴く』ことのみに集中すればよいか、というと、決してそうではない。
 たとえば、《ねこふんじゃった》の曲、子どもたちは自信満々、先生より上手に弾いてくれる。見よう見(聴き)まねで伝わった顕著な例であり、それはそれで素晴らしいことだが、楽譜を見せると「なにそれ? ♭が6つもついていてむずかしそう・・・・・」と誰も弾けない。
 ねこばかりふんずけているわけにはいかないし、レパートリーがこれ1曲では・・・・・。  

幼児への指導

 3〜5歳の数字や高低の区別が可能となる時期に、自分の弾いている曲が楽譜ではどう表されているのか、音符とリズム、音の高低と楽譜の動きとの関係などをしっかり認識させることが大切である。
 とはいうものの、これが指導する側にとってはもっとも熱意と根気のいることで、「頑」として楽譜を見ないで弾こうとする生徒と、何とかして楽譜から音を読みとらせようとする先生との攻防戦となる。「読譜して弾く」ということは、「目」で視て「頭」で理解し「手」に指令を出すという一連の動作を連続して行うことで、大脳の働きを活発にし、集中力や機敏性を養う上で非常に重要な作業なのだが、今まで聞き覚えで弾いてきた子どもたちにとっては大変めんどうなことに思えるらしい。
 そこで、音符カードによる「音あてゲーム」をしたり、できるだけ絵や大きな音符表記を用いている楽譜を使用し、音を探し当てたときはオーバーなまでに褒め称えるなど、日々工夫を凝らしている。
 そのようにしてやっと「視て」弾けることができるようになり、一安心かというと、そこにまた落とし穴がある。今度は楽譜から音を取り出すことに夢中で、自分の弾いている音が正しいかどうかチェックするに止まり、微妙な音色の変化や感情移入にまで心がまわらない、という現象が起きやすいのである。
 「同じピアノで弾いているのに、先生の音と、○○ちゃんの音と、そして私の音、どうしてちがうの?」という疑問を持たせ、弾く自分と聴く自分を両立させ、ピアノに『触れる』瞬間の微妙なタッチが音色に変化をもたらすことに気づくよう、方向づける必要がある。

「感心する演奏」より「感動する演奏」を

 このように、聴いて、視て、触れるという三感を同時にパワー全開にし、そこに『心』をのせて初めて『感じる』ことが可能になり、聴く人にも『感じさせる』ことができるのである。
 私は演奏において、華麗なテクニックを駆使し正確無比に弾く『感心する演奏』よりも、少し瑕キンがあっても(ないに越したことはないが)心を揺さぶられるような『感動する演奏』を好ましく思う。演奏者の心の『入れ込み』の差がこのふたつの違いに表れているのではないだろうか。
 私は『音楽教育』を、単にその楽器をうまく演奏するということに止まらず、それを修得する家庭において養われる、集中力、克己心、情感、心のふれ合い等、それら全てを含めて形成される『バランスのとれた豊かな人間性』を目指すためのもっとも素晴らしい手段として実践してきたつもりである。
 そのようにして関わった教え子たちは膨大な人数となり、演奏家として、あるいは教師として活躍されている方も多いが、大部分の方は社会や家庭生活の中であまり音楽に関心なく過ごしつつ、充実した心豊かな生き方を貫くことで、それぞれの『場』において『精神的な核』となっているように見受けられるのである。
 音楽教育がいかに『心』を育てるのに重要であるかを再認識するとともに、『心』の不在が指摘されている今こそ、ピアノという媒体を通してさらにこのことを皆で考えて実践していただければ幸いである。

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中務 和美

 第7回全日本学生音楽コンクール入賞(高校の部)。大阪教育大学特設音楽課定ピアノ科卒業。同大学専攻科終了。ウィーン国立音大夏季セミナー・ディブロマ取得。リサイタルほか演奏活動多数。故井口基成氏、故井口秋子氏に師事。現在、ミュージック・スクール『トニカ』校長、全日本ピアノ指導者協会会員、大阪楽友協会ピアノグループ所属。